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『石州法正寺の決闘』の感想が寄せられました

『石州法正寺の決闘』の感想が2つ寄せられました

江津市 Mさん

桜の花が今年は随分と早く咲き綻び、やがて山陰の春風に吹かれて散ってしまいましたが、佐々木様には如何お過ごしで御座いましょうか。

 先日、江津でも大きな地震が有りまして、家も随分揺れました。最初は強く、確か七回ほど揺れたように記憶しております。普段から地震には無縁な土地柄ですので、一層に驚きました。

 さてこの度、佐々木様が出版された小説は、前回の『吉右衛門の戀』に比較いたしますと、文字や行間も大きくて、とても読みやすく、ルビもふられているので、安心して読むことができました。

 小説の中で、元禄時代の赤穂浅野家を取り巻く背景や、各大名家の事情や社会の様子がよく説明されており、赤穂事件の顛末が理解できました。特に上巻の吉田忠左衛門と、その妻りんと、寺坂吉右衛門の関係が詳細に書かれていて、判りやすかったと思います。

 寺坂が小太郎と呼ばれていた幼年時代、吉田夫妻の実子ではないにも拘わらず、本当の親子以上の絆や心情が細やかに描かれていて、心より感動いたしました。

 最後まで武士として宿命を受け入れて、多難な道を辿り、忠義を全うした寺坂吉右衛門の姿に心より感涙いたしました。

 また、江津の風景や歴史、それに有福温泉や温泉津温泉等の事も丁寧に描写されていて、地元の者としては、とても嬉しく思います。


 

村岡健治さん

 今年は明治維新百五十年の節目の年に当たる。時代を更に百六十年ほど遡った元禄十四年(1701)、勅使饗応役の浅野内匠頭長矩が松の廊下で高家の吉良上野介義央に斬りつけ、その日の内に切腹を命ぜられた。いわゆる赤穂事件の発端である。そしてここから先の「忠臣蔵」は誰でも知っている物語であるが、赤穂四十七士のうちただ一人生き残って、天寿を全うした義士がいたことは意外に知られていない。この生き残りが本小説の主人公、寺坂吉右衛門である。

 寺坂吉右衛門は大石内蔵助の命を受け、討ち入り後、泉岳寺から姿を消す。それは討ち入りの一部始終を浅野長矩の妻や弟、義士の家族、世間に広く知らせるためであった。

 幕府から放たれた刺客に追われながらも吉右衛門は任務を果たすのであるが、それでも吉右衛門には平安な日は訪れなかった。赤穂四十七士として一緒に死ねなかった後ろめたさに一生悩まされ続ける。世間の評価も義士として手厚くもてなすものと卑怯者とさげすむ者と様々であり、吉右衛門は報告行脚のさなか新しく知己を得た人たちに簡単に自分の素性を明かすことができなかった。

 私は戦後生まれで昭和四十五年、学業を終えて就職したが、その当時会社の上層部には軍隊帰りの方も多かった。ある時「戦友がことごとく戦死した中で自分が生き残って帰ってきたことを大変申し訳なく思っている。余分に与えてもらったこの命を世のために捧げる気持ちで仕事に打ち込んできた」と吐露されるのを聞いたことがある。生き残ったという意味では吉右衛門と似た心境であったかもしれない。しかし幸なことに、会社の上司は戦後の激しい社会情勢や価値観の大転換があって、経済復興から高度成長の過程で新しい目標を見つけることが出来たのだと思う。

 しかし、今から三百年前の江戸時代のことである。吉右衛門は討ち入りの始末をすべての関係者に報告し、その使命を終えた。吉右衛門はその後どのような精神力で時代を生き抜いたのであろうか。今では知る由もないが吉右衛門の心は苦しく過酷なものであったに違いない。また赤穂義士の一人として世間には決して見苦しい生き様を見せることが出来ないのである。小説の最終章で作者は「御主浅野長矩公に殉じた同志の四十六士の忠義は、誠に武士の鏡であるが、一人生き残った者からすれば、苦痛以外の何物でもなかった」と吉右衛門の胸の内を記している。

 孤独な宿命を生きる吉右衛門の生涯に彩を与えてくれたのが、実の母「つる」、義理の母「りん」、妻「せん」、そして使命を果たす旅の途中で出会う「お良」「お絹」「お多恵」の女性たちであった。これらの女性たちとの出会いと思慕が、その後の吉右衛門の支えになったことは間違いないのだろう。

 吉右衛門は矢傷の治療のため備後三次(広島県)から島根県石州(江津市)の有福温泉へ向かう。そして黒松村の名主の尽力でこの地で穏やかで心休まる三年を過ごした。私事で恐縮だが、島根県出身者として石州の人々が「吉右衛門に寄り添い、支え、喜怒哀楽を共にしてくれた」(作者記)ことを嬉しく思う。

 私がこの小説を読み終えるころ、四月一日の産経新聞が「広島県三次市と島根県江津市を結ぶJR西日本の三江線が最後の運行を終え八十八年の歴史に幕を下ろした」と報じていた。吉右衛門が赤穂事件の後、船で下った江の川沿いに、昭和初期鉄道が施設され、今年使命を終えた。吉右衛門が生きた時代と比べれば、我々は平和で豊かな時代を生きているが、少子高齢化や過疎という新たな問題に直面しているという厳しい現実に思いを馳せながら小説を読み終えたのだった。

上巻
http://www.tprint.co.jp/harvest/058.html
下巻
http://www.tprint.co.jp/harvest/059.html